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大川五月インタビュー(同窓生シリーズ 101回目 ウェブ版)

46回生大川五月さん大川五月







東京生まれ。

日本大学芸術学部、NY コロンビア大学大学院で映画制作を学ぶ。
コロンビア大の卒業制作『タイディ・アップ』(11)は国内外の様々な映画祭で上映され、ハリウッドの 映画祭で最優秀短編映画賞を受賞。

翌2012年、短編『京太の放課後』が完成。
ブラジル・サンパウロ国際短編映画祭で観客が選ぶベスト10、ギリシャ、カタールなどの映画祭で最高賞、国内ではゆうばり国際ファンタスティック映画祭でW受賞するなど国内外の映画祭で話題となる。

2013年、J リーグ 20 周年記念の短編『旅するボール』(13)を完成。
翌年には京太シリーズ続編『京太のおつかい』を発表後、レクサスと米国の映画会社が手がける短編映画フロジェクトの監督に抜擢され『Operation Barn Owl』(14)を手掛けた。

2017年、自身初の長編映画『リトル京太の冒険』が東京イメージフォーラムシアター他、数都市で公開される。同作は米国やウクライナの映画祭でも上映され好評を博した。

2018年、自身のオリジナル企画『妊娠してる場合じゃないの!(仮)』が、長編企画コンペ「TSUTAYA CREATORS’PROGRAM」で 準グランプリを受賞。現在映画化を進めている。

【映画監督になろうと思ったのはいつ頃ですか?】

高校3年生になってからです。
当時、硬式テニス部に所属し、戸山戦に勝ちたくて根性で練習していたので、3年の1学期で引退してからようやく進路と向き合いました。
大学には行くものだという感覚はあったのですが、行きたい学部も特になく、映画もすごく好きだったという訳でもありませんでした。それが、部活を引退後に、たまたま「クライングゲーム」というイギリスの映画を観て、それが面白くグッときて... 。
それで、その映画に出ている役者さん達と一緒に仕事がしたい、それならば映画を作ればいい!と思い、『映画を作りたい』と周りに話していました。
そうしたら叔母が、「映画が学べる大学があるよ」と。それが日本大学の芸術学部だったんです。
そこから、ものすごく勉強しました。周りの友達も急に私が家に閉じこもって勉強するからびっくりしていましたね。
人生の中であの時は頑張ったなぁと今でも思います。

【新宿高校生にメッセージをお願いします!】

受験勉強って、やっていて何だか馬鹿馬鹿しいな、と思ったこともありましたけど、ゴールがはっきりしてるじゃないですか。
そして、そんなに理不尽じゃないというか、やったら結果が出る、みたいな。大人になると、いつもそんな風にやったら結果が出るなんてことないですからね。
 どんなに仕事をしたって、結果にならないことって沢山あります。でも受験勉強のように型にはめたものは、答えが自由じゃない分、覚えりゃいいんでしょ、とやったら結果が出ます。みなさん新宿高校に来ているんだからできますよ!
 ただ、そのためには目標がないと頑張れないというか、『なりたい自分』というのがないと、しんどいと思います。
やりたいことを見つけるのが、大人でもそうですけど一番難しいと思うんです。そんな時は自分の中で、誤解でもいいから『あんな風になりたい』とイメージをつける。そして、そこに行きつくためには、どうすればいいんだと逆算していくと、自ずと道がみえてくるのではないかと思います。

コロンビア卒業式.png

【高校卒業後はどのような人生を歩みましたか?】

日本大学芸術学部、映画学科に進学して脚本の書き方、演出の仕方、技術的な編集や撮影の仕方などを学びました。しかし就職活動が全くピンと来なくて、卒業後は就職せずに英語を学ぼうとイギリスの語学学校へ行くことにしました。
 ロンドンだと沢山日本人がいそうな気がしたので、スコットランドのスターリングという小さな街の語学学校を敢えて選びました。ところが、寮についたら私の両側の部屋に日本人の女の子が住んでいたんです。
 後から、日本のとある女子大と提携した姉妹校だったことを知りました。日本語は沢山喋っていましたね(笑)。そんな訳で、語学学校は三か月で終了し、その後はグラスゴーという街に移り住みました。
居心地が良かったのでその街で会社勤めをしたり、音楽雑誌のライターをしたり、結局八年住んでいました。
 その後は、ニューヨークにあるコロンビア大学の大学院で学ぶために、アメリカへ移り住みました。映画製作を四年間学び、卒業制作の作品が大学で選ばれる映画トップ10に選ばれ、ハリウッドの映画祭で最優秀短編映画賞を受賞しました。アメリカでは配信もされています。
 2012年に日本に帰国しましたが、しばらくは日本と海外を行き来する生活をしていました。ニューヨーク在住時にスコットランド人の男性と結婚し、一児を出産しています。
(日本に帰国後の活躍はプロフィールを参照)

撮影風景.png

【今後の目標を聞かせてください】

コンスタントに映画を撮りたいですね。海外を含めて、世界中色んな場所で映画を撮りたいです。
今はコロナ禍で色々足踏み状態になっていますが、新しい映画を準備中で脚本を書いているところです。

【取材後の、こぼれ話... 】

日芸を受験すると決めた頃に、新宿高校の美術の先生に相談にのってもらった大川さん。
その時に、「映画だったら、これは本当に良い本だから読んでごらん。」と、年季の入った映画芸術の本をもらったそうです。
 大川さんは、その本を熟読しましたが、その中でも特に『ピカソ(ゲルニカ)のドキュメンタリー』についての評論をよく読んでいました。すると、なんと!日芸の試験本番で、ピカソのゲルニカについての論文を書く、という問題が出たそうです。もちろん、その論文はサクサク書けて、結果も見事合格!今の大川さんの活躍へと繋がっていくのです。
 大川さんの新しい映画の完成を楽しみに待っていたいと思います。

監督作品のNYプレミア上映.png