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西村雄一さんロングインタビュー《新宿高生へのメッセージ編》

広報誌125号同窓生シリーズには載せきれなかった、サッカー国際審判西村雄一さんのインタビューです。
第三弾は《新宿高生へのメッセージ編》をおとどけします。

2010年10月26日 都立新宿高校校長室 

今回が最終回になります、西村雄一さんのロングインタビューは、新宿高校生へのメッセージです。卒業後の西村さんの進路やプロとしての審判のお仕事についてもお話いただきました。

西村雄一さんロングインタビュー《新宿高生へのメッセージ》 (画像 1)

<言葉は?コミュニケーションはどうしているんですか?>

レフェリーの生活はベースは英語ですが、僕はあまり英語は得意じゃないんです。それに、いろんな国の人たちが集まっていて、日本人が話す英語も、スペイン人が話す英語も、英語圏の人以外の人が話す英語はみんな第2外国語の英語なんで、ほとんどレベルは変わらないんですよ。英語圏の人はもちろん流暢に話しますけど、ほかはそれほど流暢に来るわけではない。ただ、日本語からだとちょっと有利ではないですよね。ほかは似ているけれど単語尻が違う、くらいなので。

ピッチ上で話すとはいっても、僕らから言うのは「ダメ!」とかなので「No」っていうベースから入っていく事になる。語学として大変なレベルではないです。その代わり、言葉が伝わらなくても、カードや笛の音で意思が伝わるじゃないですか。シグナル・距離感・間合いなどで意思が伝わるので、そういった部分を“エナジー=気”の部分でカバーするんです。

<新宿高校で経験したことは、その後どんなふうに生かされた?>

僕は、委員長職を経験したというのが一番大きいです。何かをお願いしたり、そのお願いするタイミングだとか、あと、年間通して企画を立てるとか、そういうのはそのあとの職業で生かされたんです。新宿高校を出たあと一浪して情報処理の専門学校に2年行ってコンピューター系のことはいろいろ勉強したんだけど、その専門学校でいろいろ学んで「結局、これは道具だから最後は人間なんだよな」と思ったんです。機械はこういう風に動いているというのをわかった上で、使う人間が使える人間だったらその道具は生きるけど、その道具を開発しても面白いことはあまりないな、と思って。その道具はいいものなので、それを生かしてその人がハッピーになれるような提案をする、そういう意味で僕は営業職を選びました。

その営業職をやっているときに思ったのが、年間計画だとか、人にどういう風に使われたらいいのかな、とか、新宿高校で体育委員長をやっていたときのことが、その営業職の最初のときに、すごく生きた気がしますね。総合的にいろんなことを考えるきっかけをくれたのが、この高校での学校生活でした。

授業を受けているか、体育教官室で企画を練っているか、どっちかのイメージしかないんですよね。あのころは、ワープロがやっとPCになってきた時代。資料をつくるのにも何をするのにもすごく時間がかかるんですね。うまくできず、でもやらなきゃいけなくて。やってました。先生の力はあまり借りずに。

たとえば体育祭なら出走チェックとかあるじゃないですか。そういった結構細かいとこまでやっていたんです。そういうのは、そのあとの営業職にはすごく生きて。そのまま、そのあとのレフェリーにもつながっていますね。

レフェリーやっていても、「そんな、最初からうまくはいかないだろう」と思ってたから。体育祭やるのにだって2年かかったでしょう、だから、まあ、「3年くらいはかかるんじゃない?」って。プロフェッショナルレフェリーとなったときも、先輩たちは名高い方が多かったんですけど、僕は若いうちに抜擢されちゃったんで、技量があるからという人たちとちょっと違うんですよね。「未来そうなるかもね?」くらいな。その、先物買いに近いくらいのタイミングでプロになってしまったんで、それは最初からは無理だよ、と思って。まあ、3年間くらいで形になれば、なんて思って。それは、この学校で、あのときに叩きあげてもらったものによるものですよね。すごく感謝しています。

<プロの審判、本気で目指すにはいつから?>

これは僕の経験からすると、私がレフェリーを始めたときにはプロフェッショナルレフェリーの制度がなかったんです。実は、プロフェッショナルレフェリーになろうと思ってやった1試合もないんです。レフェリーってすごく簡単で、次に割り当てられている試合をミスなくコントロールできたら、また次の1試合の割り当てをもらえる。もし、ミスしちゃうと、次の割り当てはできなくて、何週間かお休みをして、また別の機会にとなるんです。そもそも、プロフェッショナルレフェリーというのは、自分でなりたいと思ってなれるかというと、日本サッカー協会の技能があって、そのときに、さまざまなタイミングが、例えばプロフェッショナルレフェリーの枠が空いていたり空いてなかったりというのがあるので、プロを目指すという意味で行くと、ちょっと違うんですよね、プロのサッカーのレフェリーというのは。必要なんですけど。

一財を築くような、ゴルフのプロのようなものとは違うんですね。一財は築けないです。

僕が大事にしてきたのは、次の試合をちゃんとやることだけ、こだわってきたら、見る人が見ていて「こいついいぞ」っていうふうになって、次がつながってきたような気がするんですね。

「自分を選んで!」と思ってやった試合は1試合もなくて、みんなに引っ張ってもらった結果今がある。僕って、日本サッカー協会の審判のプロジェクトの結晶なので。課題が与えられてそれをこなして、また課題をクリアして、その積み上げで来ている、というのが僕自身が今までやってきたこと。プロになることは決して目標ではなくて、技能があるからプロになるという、そういう考えかたなんですよね。

忘れちゃいけないのは、自分が次にしなくちゃいけないことだけはしっかりつないでおくということ。それがなくては先もつながらない。かなり先を見ちゃうと、いろんな落し物があったり、回り道なんかがあるかもしれない。本当に大事にしなくちゃいけないものは次にあって、それを積み上げたら、今振り返ってみたら「ああ、そうだったな」って感じになるんです。レフェリーは、必要なプロなんですけど、アプローチを間違えると、勘違いしたレフェリーになってしまう。自分のために笛を吹くことになってしまったら、そのレフェリーはたぶんダメなんです。選手のためにどれだけ徹するか、ということでやっていると、自分のことは多少犠牲にしてもね。

20年間やっていて土日はないので、ほとんど親父やおふくろとどっか旅行に行ったってこともないくらい。ですけど、それが今、こういう風になっているということは、誰も想像できなかったし、僕もそんなことを思ってやっていなかった。ただ選手のことを思ってやっていたら、今こうなった。それが、僕の言えることですね。

<最後に、今の新宿高生にメッセージを>

もし、自分がはっきりした夢を持っていたりやりたいことがあるのであれば、それに向かって全力でやってほしいと思います。そういう人は、いろんなことがいつもポジティブにできる人だと思うんですけど、今、明確な夢を持っていないように感じているのであれば、実はその周りにいる人たちの中で、自分に対して夢を持ってくれている人が絶対にいるはずなんです。「僕には今夢がわからないけど、周りにいる人が頑張ってと言ってくれる」とか。両親が一番いい例だと思うんですけどね。そうした、自分を見ている人がこうしてほしいと思っているものを叶えてあげるというのが、かえすと、自分の夢を叶えたことになると思います。ちょっと難しいことを言っているかもしれないんですけど…。

自分に期待してくれている人の夢を叶えるということは、自分にとっても夢になる、というかね。

そうすると、誰もが必ず夢を持って行動できるはずなので。そういう事に気づいて行動したら、今の1秒1秒がすごく大事なことに思えてくるはずです。決して、なんかただ過ぎちゃったな…というのではなくて、早く気づいて前向きに、ポジティブに、意欲を持って、見つけたら人生が変わってくると思います。

誰にも期待されないで生きてる人は、たぶんいないんですよね。誰かが、頑張って!って応援してくれたりするので、その思いを叶えてあげるっていうのは、1つ夢を叶えることと全く変わらないことなんだと思うんです。今回僕は、相当な人に応援していただいて、帰国してからも、「このあとも応援してます」って言ってもらえて思ったことは、その応援にこたえることは、その人の夢を叶えることになる。それは絶対に悪いことじゃないな、って。それは無限の力になる…。

こちらにお邪魔させていただいて、僕は次の、よりいっそうがんばんなきゃいけないなっていうパワーをもらえたと思っているんです。今日、本当にそれぞれのみなさんが目をキラキラさせて聞いていただいていたのを前からみていて、またこの後頑張らなきゃいけないなと思ったし、頑張れるなと思ったし…。

くじける原因はこの先いっぱい出てくると思うんですけど、それを背中を押して応援してくれる人のほうが多いんだっていうことに気づいているので、たぶん、いろんな逆境が来たとしても、絶対乗りこえられるなと、そういう風に思っています。 今回お邪魔させていただいたことは、本当に、心から感謝しています…。

西村雄一さんロングインタビュー《新宿高生へのメッセージ》 (画像 2)

−南アフリカワールドカップから帰国後の大変お忙しい時期に、講演会・座談会の依頼を「母校のためならよろこんで」と引き受けてくださった西村雄一さん。

座談会前には同窓会や教職員、ファンの女の子、サッカー部員に快くサインしてくださったり、声をかけてくださいました。

インタビュー後にはPTA役員に「遠慮しないで!みんな写真撮りましょうよ。メダルは僕じゃなくてみなさんがかけてください。あ、名札は取ったほうが綺麗に取れますよ」と心遣いをいただきながら、記念写真を撮らせていただきました−

西村雄一さんロングインタビュー《新宿高生へのメッセージ》 (画像 3)

<長時間に渡ってのインタビュー本当にありがとうございました。今後のご活躍をお祈りし、新宿高校一同応援し続けたいと思います。PTA広報インタビューチーム>