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西村雄一さんロングインタビュー《サッカー編》

広報誌125号同窓生シリーズには載せきれなかった、サッカー国際審判西村雄一さんのインタビューです。
第二弾は《サッカー編》をおとどけします。

2010年10月26日 都立新宿高校校長室 

サッカーのポジションは、僕は全部やりました。この学校にいたときはディフェンスで、当時はリベロというポジションがありました。
審判の資格を取ったのは18歳の時です。僕のときにはユース審判員という制度がなかったので、最低の年齢で18歳だったんですよ。クラブチームで「やりたいな」と思った時は16歳、2〜3年待って、18歳になってすぐ4級を取って、3級には20試合やるとなれるので2ヶ月くらいで上がりました。3級は最低2年間やりなさいという決まりがあるので2年間やりました。2級に推薦してもらい、テストを受け7年間くらい。18で始めて今38だから、20年くらいやってるかな。そのぐらいやってもまだ、うまくいかないときもたくさんあるから、終わりはないというか。でも、20年間やって、いつも、新しいものにしか出会わないですから。

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サッカーって、同じ試合はないですよね?対戦相手が同じでも、プレーヤーが違ったりとか、ゲームって、似たようなシーンはあったとしても、決して同じものはないので、出会うものは必ず新しいものに出会えるから、飽きない。それが審判の醍醐味。瞬時にパンっと判断していかなきゃいけないっていうのは、あんまりないことなのかな、と。それが面白くなってのめりこんじゃったんだね。

校長先生がおっしゃった“主役”(ワールドカップでは裏方というか…主役でしたねとの校長先生の言葉)っていうのは、僕からすると恥ずかしい感じの言い回しで、基本的には試合が終わったときに記憶に残らないようなレフェリーが、たぶん良いレフェリーなんだと思います。 活躍したのは選手で、みんながゲームを楽しんだ。その中の一部ではあるんだけど、僕は目立たないってことは、たぶん、受け入れられたってことだと思うんですね。だから試合終わった後に選手に受け入れられたかどうか、ってところはひとつ僕らのバロメーターです。

今回のように、正しい判定をして注目された、っていうのは、すごく珍しいケースですね。もうちょっと付け足すと、今回のスーパースローでリプレイがすごくいい角度から撮られていて、それで皆さん「すごい!」ってなるということは…皆さん、“正しい判定”が好きなんですね。間違った判定は絶対いやだけど、正しい判定はすごい!って。

実は、僕はワールドカップに行く前も行ってからも、行った後も、やってることってあんまり変わらないんです。急にうまくなるわけはないんです。ただ、注目のしかたが違ってて。今回、ワールドカップによって、審判サイドから見てもらって、すごく正しい判定をしてるぞ、って興味を持っていただいて、それを皆さんに受け入れていただいたと感じました。

行く前と行った後では、想像もできないくらいに違う状況になっているので。こんなに、テレビに出るとか、そういうのは考えてなかったですからね。これがあのレッドカードが「黄色」だったら、大変なことになっていたね(笑)。新宿高校の名を汚す、危ない一瞬だったって。

<間違いに気付いたのはどうして?>

そういう間違いをした人を見たことがあったんです。あげちゃって、「いや!間違った〜」赤の後ろに黄色がくっついているとかね。そういう、いろんなアクシデントがあるんですよ。だから自分は、目の前を通してからあげようと思っていた。それは、20年間の下積みの中で気づけたんです。

僕はいつも赤は胸に入ってて、黄色は前のポケットに入れているんです。黄色はやっぱり出すことが多くて、笛は右手で持っているので、笛をピピーと吹きながら出さなきゃいけないことがあるので、赤はそう滅多に出すことがないのでここなんですが。でも、あのときバーンと赤が出て、そのあと、無意識にすっとしまっちゃったんですよね。黄色はよく出していて無意識にしまっているんですが、赤はそう滅多に出さないのですが、次のとき出したら赤で、マジシャンになったかと思いました(笑)。いや、そのくらい、僕にとってはここには黄色しか入ってないはずなのに赤で、俺の黄色はどこに行っちゃったんだ?って。よかった、あったー!!と思って。で、記憶をつないだら、自然と「あ、ごめんごめん」って笑顔になったんです。そしたら、微笑みもフォーカスされてしまって(笑)。僕にとってはかなりの苦笑いなんですけど、でも、場は和んで。

今回のカメラワークっていうのは、すごいぞと思っていました。だから、赤のシーンも自分の中ではこちらからの角度で見ているから、自分の頭の中で、アシスタントから見たらこうだろうとか、なんとなく絵が3つくらいあるんですよ。自分のリアルな目と、たぶん、向こうから見ていたらこうだ、こっちからはこう見えて、というのがなんとなく頭の中にあるんです。そういう感じになるんですね。毎日、あの大会で3時間練習をしていると。で、実際は自分の2つの目しか、リアルでは見えていないんだけれど、僕のアシスタントが見ている目とかもすべて利用して、助言も利用して…みたいな感じです。ピッチの上で今自分がどのへんでどっちを向いている、というのも頭の中に俯瞰図があって、ここにいるんだな、というのが3つくらい頭の中で同時に動いている。

同じものを見ていてもいつも5個か6個の角度から見ているように考えているんだなと、なんとなく気づいてきて。おそらく、そういうことができるようになるまでの、努力と、指導と、それを実現する自分の力、みたいなのが混ざってくるとそういうふうになってくる。それがまだ始めたばっかりだと、自分のふたつの目しかわからないけれど、っていう。

色々なことを考えながら頭の中で組み立てるので、かなり疲れてしまいますね。体もやっぱり疲れるんですけれど、頭のほうが相当、疲れてしまいますね。

サッカーのレフェリーが動くのは、さっきこの対角線上で動きますと言ったんだけれど、実際には見えなければだめで。見えることをどうやってやるのかというのをずっと考えながらやっているんですよね。例えば、君がレフェリーだとして、この手の後ろに何本の指があるのかわからないでしょ? でも、わかる人がいるんだよね。この、一番いいポジションにいるお二方は、2本に見えているわけ。これを見たいんだよね。かぶっちゃうとダメだから、自分がここに動けばいいわけだ。それでポジションをとっているんだよね。だから、かぶりそうになったら一番いいポジションに動きたいから、それでレフェリーはいつも動いている。今、指が増えたことに、そちらの角度からではわからないでしょ?それを想像で当ててみて?
 <2本?>

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で、実際にはこうだから、それはミスジャッジね。見えてもいないのに、見えたふりをしてやれば、そういうことをやっていくと信頼がなくなっていく。見えてないものを見えてないと正直に言うと、「じゃ、次は頼むよ」というふうになっていって信頼関係はまだある。嘘をつく判断をすると、たぶん、受け入れられない。そういうのは一瞬にして信頼関係がなくなってしまう原因。だから、見えなかったらレフェリーとしてダメなの。ダメなんだけど、見えなかったらそれは「次見るからごめんね」って正直に言う。それは、人間としてのミスはあるから、次はもう一回努力するからさ、ということ。だから、そういうふうな付き合いからができるかということ。

レフェリーって、見えないものをつくらないように努力しなくちゃいけないんだけど、でも本当に見えないものというのはどうしてもあるから。どうすればいいかっていうと、自分の副審に聞くの。そう、そしたら教えてくれるから。信頼関係があるわけだから。仲間が言ったことを理解して、信用して、それを最終的には自分の責任として言わなきゃいけないわけだから。それがレフェリー。それが信頼関係がなかったら言えないでしょ。そういうふうに、ずっと3年間かけてトリオでやっていく。3年かけてやっと、あうんの呼吸になってくる。あの広いピッチで無線を使ってたとしても、無線は便利な道具だけれど、うまく使えないこともあるし、例えばボールが出たときに「白」と言われても白がスローインなのか白が最後に触ったのかはわからない。でも、「白ボール」と言われれば、じゃあ、次は白から始めればいいんだな、とわかる。

道具というのはあればいいんじゃなくて、使い方で、うまく使えたり、使えなかったりする。その使い方をどんどん鍛錬していくことが大事で、それは笛も一緒。ただ吹くよりも、自分の気持ちを込めて、抑揚をつけて長さや強さや回数やいっぱいいろんなものを使い分けていくことによって、選手に受け入れてもらえる瞬間があったり、吹いているけれどもコントロールできないときだとかにつながっていく。

けっこう、いろんなこと考えてやってはいるんですよね。

<ワールドカップの主審に選ばれたときの心境は?>

まず、「よく残ったなあ」と。詳しく言うと、54人の中の8人がアジアのレフェリー。僕は新人だからその中の7番目か8番目。経験者がいて、3人だけ新人で、僕はその中の一人だった。残るのは難しいよね、と思っていた。だから、難しいかなと思っていたけれども、若手の中で一番期待されていた人が辞めたの。そのときに、残っているのは5人だった。行けるのは4くらいかなとは思っていたので、あとはもう地道にやるだけだと。

それで、南アフリカに出発する4人に選ばれて、4人のうち、本当に審判をするのは3人で、1人は交代だけしかやらない人なので、行く前は「レフェリーだったらいいね」と言いながら飛行機に乗っている。だから、選ばれたときには「よく残ったね」という、大会には行けることになったという気持ち…。

開幕戦を任されたのはイルマトフというアジアのレフェリーだったんだけど、アジアのレフェリーが開幕戦を任されるというのも快挙。それで、すごい!と思っていたら、自分たちの名前も呼ばれて「ええ??今呼ばれた??…呼ばれましたよねぇ」という感じ。それで、1日目のマッチ1マッチ2ということで、アジアのレフェリーはすごく喜んだ。今までになかったことだから。それは大きな大きなことだったしね。

ヨーロッパのレフェリーなんかには、開幕戦やる気満々で来た人もいただろうから、それが「なんでお前らなんだ」みたいなね。でも、僕はすごくラッキーだったのは、FIFAが大会前に選考してきて、僕らにあたったということは「君たちの基準でやってくれ」ということの裏返しだと思ったから、練習してきたことの通りにやってくれれば満足だと思って当ててきてくれているのならば、「じゃ、今までどおりにやればいいんだ」と思えた。だから、なんのプレッシャーもなく、大会に入っていけたのがよかったですね。任されたんだから、僕の基準でいいのね、っていう。結構ポジティブに考える癖が付いているんですよね、これまた(笑)。

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<では、あまりプレッシャーはなかった?>

ないですね。ブラジル×オランダも、青とオレンジ、という感じで。素晴らしいプレーヤーたちですけど、「青の10番」「オレンジの9番」という感じで。「あ、ロッペンて言うんだ」みたいな(笑)。それぐらいでいかないとコントロールできないね。

<平常心を維持するには?>

そういう訓練も受けているので。今回のワールドカップの審判プロジェクトってすごくて、5部門に分かれていたんです。ひとつはレフェリーテクニカルで、審判の技術を教える先生。それからフィジカルの先生は運動系を。で、3つ目にはメディカルといって、体のケアをするマッサージ系の先生。そして4つ目には心理部門の先生が入るんです。あと5つ目にエナジーと言って“気”。その4番目5番目の先生というのは、ふつうはあんまりいない。日本ではあんまりないことなんで、そういった心理学の先生とともに平常心をちゃんと保てるとか、いつも通りの力を出すための部分でメンタルの持って行きかたとか。エナジーでは、さっき言った「囲まれても大丈夫」という、3対1をなんとか1対1くらいに持って行けるような、そういったことを教わっていました。なんでかというと、プレーヤーは本能でやっているから、動物が戦っているのとすごく似ているんです。だから「ダメ」とか「待て」とか言っても聞かない。でも、何らかのタイミングで、ぱっと本能が理性を戻したときにはすっと聞き入れてくれるところがある。そんな悪い人たちじゃないですからね。ピッチ外では紳士的な人たちですから。だから、こちらが受け入れられるタイミングを見計らって、アプローチすると受け入れてくれるときがあるんです。でも、受け入れられないときもあるんです。そういうのを、ぐっと見極めて、今だと思うときにぱっと行くと、受け入れらる。そういったトレーニングをしていたんで、その普通で行けるメンタリティで、いつもどおりに堂々とやっていけばいいんだ、ということも言われていたんです。

僕らレフェリーからしてみれば、どの試合も決勝戦。チームからしてみれば、1回戦2回と優先順位という考え方もできるかもしれないけれども、レフェリーからしてみれば、そのときそのとき集まったプレーヤーのために全力を尽くすことは、1回戦でも決勝戦でも全く変わらないので。だから「決勝戦を担当する」とか言ったプレッシャーも全くなかったですし。試合はどれも大事だと。

だから、Jリーグの1試合も、ワールドカップの1試合も、戸山戦の1試合も、僕にとっては何にも価値は変わらないから。試合の重さっていうのは。やることも同じですからね。戸山戦の審判とワールドカップの審判で違いはあるんですか?と言われれば、ないです。ルールが同じである以上。プレイヤーのレベルは違ってもね(笑)。審判のやることはすべて同じだから。基準が何個もあるわけではなくて、(レベルの高い試合だからといって)そんな難しいことはやっていないんです。ただ、いろんなプレッシャーだったり、それに耐えられるメンタリティだったり、そういうものを鍛錬する必要かもしれないね。だから、それを裏付けられる経験・技術は必要で、継続、続けていくことというのが、今僕の大事にしているところです。継続する一番の柱というのは、選手のためにやるんだ、っていうことをちゃんと考えて、それだけに徹して。「主役」は選手で、僕らは、脇役、というよりも基本的には記憶に残らなければそれが理想、という感じですね。